なぜステーブルコインの基盤は日本主権型でパブリックパーミッションドである必要があるのか
前回の記事では、日本におけるステーブルコインの現状と課題を整理し、その普及に向けては「信頼できる共通基盤」の整備が不可欠である点を指摘しました。本稿では、その基盤がどのような設計であるべきか、特に「主権型」かつ「パブリックパーミッションド」である必要性について、より具体的に考察します。
ステーブルコインは「金融インフラ」である
ブロックチェーン一般の議論においては、技術的な優位性や分散性が中心に語られることが多くありますが、ステーブルコインはその上に乗るアプリケーションではなく実際に価値が移転される金融インフラそのものです。ステーブルコインは、決済、送金、証券取引、さらには企業間取引における資金移動など、既存の金融システムの中核機能を担う可能性があるのです。例えば、企業間取引における支払いと商品の引き渡しを同時に完了させる決済や、トークン化された証券の受け渡しと資金決済を同時に行うDVP(Delivery versus Payment)、さらには従来数日を要していたクロスボーダー送金の即時化などが挙げられます。そのため、「誰が管理するのか」「どの法制度に従うのか」「問題が起きたときに誰が責任を負うのか」といった点が、大変重要になります。
なぜ「主権型」であることが不可欠なのか
ステーブルコインが金融インフラとして機能する場合、その基盤は日本の法制度と完全に整合している必要があります。グローバルなパブリックチェーンは、オープンである一方で、データの所在が分散しており、ガバナンスが国外主体に依存していて、規制当局による直接的な関与が難しいといった特徴を持ちます。グローバルなパブリックチェーン上で発行されたステーブルコインにおいては、トランザクションデータやバリデーションが国外ノードに依存する場合があり、国内規制当局による監督や是正措置の実効性を担保することが難しいケースも想定されます。
これらは技術的には魅力である一方、金融インフラとしては制約となり得ます。特に日本では、資金決済法や銀行法のもとで厳格な利用者保護と金融安定性が求められるため、基盤自体がこれらの前提と整合していなければなりません。
こうした「主権性」の必要性はステーブルコイン特有のものではありません。日本の既存の金融インフラもまた、レジリエンス、規制執行可能性、そして公共的信頼を確保するために、長年にわたり主権原則に基づいて構築されてきました。例えば、東京証券取引所や全銀システムといった基盤は、国内のガバナンスのもとで運用され、インフラ、ルール、監督体制が日本国内に根ざしています。2022年に施行された経済安全保障推進法においては、電力、ガス、通信、水道、石油、銀行、クレジットカード発行などの基幹インフラ事業者に対し、「重要設備」(安定的なサービス提供に不可欠であり、かつ国外主体による妨害に利用され得る設備・機器・プログラム)を導入する際には、事前に政府への計画提出が義務付けられています。近年では、主権型AIやデータガバナンスに関する議論も進展しており、金融・デジタルを問わず、重要インフラは国家の法制度や政策目的と整合した形で構築されるべきであるという認識が広がっています。
ステーブルコインのインフラも、この文脈の中で捉える必要があります。すなわち、国内法に基づく運用、規制当局による監督、そして国内に根ざしたデータおよび検証基盤を備えた「主権的な設計」を採用することが求められます。これは単なる制約ではなく、金融インフラとして社会に受容されるための前提条件なのです。
なぜ「パブリックパーミッションド」が現実解なのか
一方で、主権型であるだけでは十分ではありません。従来の金融インフラのように完全に閉じたシステムでは、分断や相互運用性の欠如、新規参入の障壁といった課題が生じます。
ここでまず重要なのは、「パブリック/プライベート」と「パーミッションレス/パーミッションド」は別の概念であるという点です。
前者は誰がネットワークにアクセスできるか(公開性)を指し、後者は誰がネットワークの運営に関与できるか(コンセンサスプロセス参加権限)を指します。この2つを混同すると、設計上の選択肢やトレードオフが見えにくくなります。
例えば、グローバルなパブリックチェーンの多くは「パブリックかつパーミッションレス」という設計を採用しており、誰でも自由にアクセスできるだけでなく、誰でもバリデータとしてネットワークに参加することが可能です。この構造は高い開放性を実現する一方で、匿名性の高い主体の関与を前提とするため、金融インフラとして求められるコンプライアンスや責任の所在、規制当局による監督との整合性に課題を生じさせます。
一方で、従来の金融システムに近い「プライベートかつパーミッションド」な構成では、アクセスと参加の双方が制限されます。この場合、統制やコンプライアンスは確保しやすいものの、透明性や相互運用性が制限され、結果としてシステム間の分断やイノベーションの停滞を招く可能性があります。こうした課題は日本において実際に観察されており、特に金融機関を中心としたコンソーシアム型やプライベート型のブロックチェーンの取り組みはこれまで数多く検討されてきたものの、特定のユースケースを超えて広く普及するには至らないケースが多く見られました。多くの場合、相互運用性の制約や参加主体の限定が、業界横断的な共通インフラとしてのスケールを難しくしていたと考えられます。
つまり、「開放性」か「統制」かのいずれかに極端に寄った設計では、金融インフラに求められる透明性・相互運用性・コンプライアンスを同時に満たすことが難しいのです。こうした中で現実的な解として位置づけられるのが、「パブリック・パーミッションド」というアーキテクチャです。
このモデルでは、ネットワークはパブリックとして広くアクセス可能であり、透明性や外部との接続性を確保します。一方で、バリデータなどの重要な役割については、規制に準拠した信頼できる主体に限定されます。
このように、アクセスの開放性と運営の統制を分離することで、オープン性とガバナンスを両立させることが可能になります。これは単なる中間的な設計ではなく、金融インフラとして求められる要件を満たすための、構造的な選択です。
日本における意味:既存金融との接続
日本においてこの設計が特に重要なのは、既存の金融システムとの接続が前提となるためです。銀行、証券会社、決済事業者といった既存プレイヤーが関与する中で、リアルタイム決済(T+0)、トークン化証券との同時決済、クロスボーダー送金といったユースケースを実現するには、信頼性と相互運用性の両立が求められます。例えば、トークン化された社債やファンド持分の受け渡しと同時に、ステーブルコインによる決済を行うといったユースケースが想定されます。
このような場合、ステーブルコインやトークン化資産の発行体や裏付け主体(例えば、ファンド運用者や社債の発行体)は、一般的に規制対象となる主体であり、これらの役割はエコシステム内の異なる参加者によって担われることが多くなります。そのため、複数の信頼できる主体を連携させつつ、それらの間で相互運用性を確保できるインフラ設計が不可欠となります。
こうした点を踏まえた時、主権型かつパブリックパーミッションドな基盤は、この両立を可能にする設計であり、日本の金融システムを次の段階へ進めるための鍵となることがわかります。
思想ではなく実装のフェーズへ
ブロックチェーンにおける「主権性」や「パーミッションド」といった議論は、これまで思想的・概念的に語られることが多くありました。しかし、ステーブルコインの登場によって、この議論は実装レベルの現実的な課題へと変わりつつあります。実際には、どの主体がバリデータとなるのか、どの範囲でネットワークへの参加を許可するのか、どのようにコンプライアンス要件をコードとして実装するのかといった、極めて具体的な設計判断が求められています。どのような基盤の上で価値が流通するのか。その設計が、日本の金融システムの将来を大きく左右することになります。
主権性とオープン性を両立したインフラを構築できるかどうかが、日本におけるステーブルコインの普及、そしてその先のオンチェーン金融の実現を決定づけると言えるでしょう。