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2026年6月8日

国家レベルのステーブルコイン競争

国家レベルのステーブルコイン競争

2026年、ステーブルコインはもはや各国の中央銀行、大手商業銀行、そして政府が本腰を入れて取り組む「次世代の金融インフラ」として、世界的な競争が本格化しています。その市場規模は2026年5月時点ですでに3,220億ドルを突破しており、95カ国以上の外貨準備高を上回る規模にまで膨らんでいます。また、TetherとCircleという主要発行体は、近年あわせて数百億ドル規模の米国短期国債を積み増しており、その規模は日本・シンガポール・ノルウェーなど一部国家の米国債保有増加を上回る水準とも指摘されています。ステーブルコインはすでに、国際的な資金フローと通貨政策に影響を与える存在になっているのです。 そしてこの競争は、単なる「規制の整備」ではありません。どの国の通貨が、次世代のデジタル決済ネットワークにおいて基軸となるか。そのための地政学的な争いでもあります。

【アメリカ】ドル覇権を守るための制度設計

GENIUS法は2025年6月17日に上院で68対30という超党派の賛成多数で可決され、同年7月17日には下院でも308対122で承認、翌7月18日にトランプ大統領が署名し正式に成立しました。これは米国史上初めて、連邦レベルでステーブルコインを包括的に規制する法律です。

その内容は明確で、発行体は米ドルや満期93日以内の短期国債などを裏付けとする100%の準備金を維持しなければならず、準備資産と運営資金のコミングル(混在)は禁止されます。また、利回り付きステーブルコインも明示的に禁止されています。これは発行体の収益モデルを制約する一方で、より広範な金融システムの安定性を確保するためのものです。銀行預金は部分準備制度のもとで運営されており、1対1の準備を持つステーブルコインよりも支払う利息は少なくなります。もし高利回りのステーブルコインが普及すれば、銀行の預金基盤が侵食され、住宅ローンや企業向け融資など経済を支える銀行の信用創造機能そのものに影響を及ぼしかねないからです。

米国がこれほど急いで法整備を進める背景のひとつは、ステーブルコインが米国債への需要を高めるという構造にあります。発行体が準備資産として米国債を保有するため、ステーブルコイン市場の成長はそのまま米国財政にとっての追い風となります。財務長官スコット・ベッセントは、この規制が整えばステーブルコイン市場は2030年代末までに3.7兆ドル規模に成長する可能性があると述べています。

さらに、FDICが自己資本・流動性・カストディ基準に関する規則案を正式に公表し、60日間のパブリックコメントが開始されました。GENIUS法という立法の枠組みに加え、監督機関による細則整備も着々と進んでおり、米国のステーブルコイン規制は「法律→細則→執行」という一連のサイクルに入りつつあります。

【EU】MiCAと「デジタル・ユーロ防衛線」

EUは、世界で最も早く包括的な暗号資産規制を整備した地域のひとつです。MiCA(Markets in Crypto-Assets Regulation)は2024年6月からステーブルコイン関連規定が適用され、同年12月には暗号資産サービスプロバイダーに関する規定も含めて本格適用が始まりました。MiCAは、ステーブルコインを電子マネートークン(EMT)や資産参照型トークン(ART)として位置づけ、発行体に対して認可、準備資産の管理、額面での償還権、情報開示などを求めています。これにより、十分な準備資産や償還体制を持たないモデルは、EU市場で展開しにくくなっています。

しかし制度が整っても、市場はまだ大きく動いていません。ユーロ建てステーブルコインのシェアは世界全体の1%にも届かず、ドル建て資産の圧倒的支配が続いています。これに危機感を持った欧州の大手金融機関は、アムステルダム拠点の「Qivalis」というコンソーシアムを立ち上げ、MiCA準拠のユーロ建てステーブルコイン発行を目指しています。当初はING、UniCredit、CaixaBank、Danske Bank、DekaBank、Banca Sella、KBC、SEB、Raiffeisen Bank Internationalの9行で始まった構想は、その後BNP Paribasなども加わり、2026年5月時点では37金融機関に拡大しています。

さらに複雑なのは、ECB(欧州中央銀行)との関係です。ラガルド総裁を含むECB幹部は、民間ステーブルコイン、とりわけドル建てステーブルコインへの依存が金融安定、金融政策、そして欧州の通貨主権にリスクをもたらすと警告し、ECB管理下のデジタルユーロの必要性を訴えています。一方、商業銀行側には、CBDCによって顧客預金が中央銀行マネーへ流出することへの懸念もあります。規制は世界最先端でも、民間イノベーションと公的通貨権力の間で板挟みになっているのが、EUの現在地です。

【イギリス】ポンドの存在感を取り戻せるか

英国では、ポンド建てステーブルコインが存在しないことが長年の課題として指摘されており、国内外のポンド需要を活かせていないとの批判が高まっていました。

それに対応するため、英国金融行為規制機構(FCA)は段階的な制度整備を進めています。暫定的な補完レジームは2026年5月7日に施行済みで、既存の決済サービス規制を強化し、コンプライアンスと報告義務を引き上げる内容です。その後、クライアント資産規則(CASS)をモデルとした最終的なポスト廃止レジームへの移行が予定されていますが、現時点でタイムラインは未定とされています。

FCAはステーブルコイン発行体を含む暗号資産サービスプロバイダーに対して新たな登録制度を導入しており、2026年第3四半期の施行が見込まれています。ポンド建てステーブルコインが広く流通するようになれば、英国の金融サービス産業にとって大きな転換点となり得るでしょう。

【中国】禁止しながら、静かに包囲網を築く

中国のアプローチは、他のどの国とも異なります。民間の暗号資産は依然として禁止されており、人民銀行(PBOC)は中国本土でのステーブルコイン発行・流通を一切認めていません。しかし、その裏で国家主導の壮大な実験が進んでいます。

PBOCは2026年1月からデジタル人民元(e-CNY)残高に年率0.05%の利息を付与することを開始しました。これはデジタル人民元を単純な決済ツールから、民間ステーブルコインと競争できる金融商品へと進化させる戦略的な一手です。

国際決済では、クロスボーダーCBDCプラットフォーム「mBridge」が中国・香港・タイ・UAE・サウジアラビアの中央銀行を接続し、累計550億ドル以上の取引を処理しました。その決済量の約95%がデジタル人民元で行われています。

アトランティック・カウンシルの分析によれば、mBridgeは直接ドルの覇権に挑戦するものではありませんが、特定の回廊・セクター・ユースケースにおいてドル依存を徐々に侵食していく可能性があります。中国は資本口座を開放せず、国内の暗号資産市場を合法化することなく、デジタルインフラを通じて人民元の国際化を段階的に進めるという戦略をとっています。

【香港】中国圏とグローバル市場をつなぐ制度ハブ

香港は、中国本土とは切り離された独自の規制体系のもとで、アジアにおけるステーブルコイン規制の最前線を走っています。2025年5月、香港立法会はステーブルコイン条例(Stablecoins Ordinance)を可決し、同年8月1日に施行しました。香港金融管理局(HKMA)を監督機関とするこの制度では、法定通貨連動ステーブルコインの発行にライセンスが必要となり、準備資産による十分な裏付け、償還権の保証、厳格なAML・KYC基準などが求められます。

制度開始以降、香港では大手金融機関やweb3企業による参入が相次いでいます。HSBCやスタンダードチャータード銀行、香港テレコム、Animoca Brandsなどを含むコンソーシアムは、香港ドル建てステーブルコイン構想を進めており、HKMAによるライセンス審査も本格化しています。

香港の役割は、単なる地域金融ハブにとどまりません。中国本土が民間ステーブルコインを禁止する一方で、香港は中国圏とグローバルなデジタル金融市場をつなぐ制度的インターフェースとして機能しています。mBridgeにおいて香港が重要な接続ノードとなっていることも、この戦略的ポジションを象徴しています。

【日本】世界で最も早く動いた国の現在地は?

日本は、主要国の中で最もいち早くステーブルコインを法制化した国のひとつです。資金決済法の改正により、円建てステーブルコインの発行は銀行・信託会社・登録資金移動業者に限定され、厳格な準備・保管・償還義務が課されています。

※ 金融庁はパブリックコメントで銀行の発行は否定的なコメントをしており、実質的には認められていません。

この制度のもとで、民間企業の動きが加速しています。2025年10月には非銀行型の資金移動業者であるJPYC社が日本初の規制対応円建てステーブルコインを発行済みです。また、SBIホールディングスとStartaleグループは、完全規制下に置かれた円建てステーブルコインの共同開発に向けた覚書を締結し、2026年第2四半期の発行を目指しています。このコインはSBI新生信託銀行が発行・償還を担当し、クロスボーダー決済やトークン化資産市場での活用を主眼としています。 Startale自身が別途ドル建てステーブルコイン(USDSC)も開発しているため、円とドルの「補完的な通貨スタック」として24時間365日稼働するトークン化証券取引所を支えることが構想されています。

さらに三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友銀行、みずほ銀行という3大メガバンクが、Progmatプラットフォームを通じてトラスト型の円建てステーブルコインを共同開発しています。このプロジェクトは、FSAが設置したFinTech実証実験ハブの中に立ち上がった「ペイメント・イノベーション・プロジェクト」の枠組みのもとで進められており、日本のアプローチは、規制の明確さと大手金融機関の参入を組み合わせることで、実用性と安全性を両立させようとしているように見えます。

【韓国】大統領公約と役所の壁

韓国の状況は、政治的な意志と官僚的な調整の難しさが交錯する典型例です。イ・ジェミョン大統領は、米ドル連動ステーブルコインのグローバル市場での支配に対抗するため、ウォン建てステーブルコインの構築を国家的優先課題として掲げました。

しかし法整備は難航しています。金融委員会(FSC)と韓国銀行(BOK)が、ステーブルコインの監督権限と準備資産の管理をめぐって対立しており、包括的な「デジタル資産基本法」の提出が2026年へと先送りされました。この対立の背景には、イノベーション促進を優先するFSCと、金融安定と通貨主権を守ろうとする中央銀行との根本的な哲学的差異があります。

一方、民間は先行しています。主要銀行がウォン連動ステーブルコインのコンソーシアムを模索しており、BCカードが外国人向けにステーブルコイン決済のパイロットを完了させています。また上場企業と機関投資家が年間の自己資本の最大5%をデジタル資産に配分することを認める企業向け暗号資産投資解禁も2026年初頭に施行され、機関投資家の参入環境も整いつつあります。規制の整備が追いつけば、韓国は一気にアジアの主要ステーブルコイン市場となる潜在力を持っています。

【シンガポール】最も"実務的"なハブ

シンガポールは、ステーブルコイン規制において「厳格さ」と「実用性」を最も巧みに両立させている国のひとつです。金融管理局(MAS)は今やグローバルなデジタル資産規制の議論をリードする規制当局として広く認識されています。MASは2023年8月にシングルカレンシー・ステーブルコイン(SCS)フレームワークを公表し、シンガポールドルまたはG10通貨建てのステーブルコインに対して、高品質流動資産による1対1の裏付け、迅速な償還対応、AML・KYC基準の遵守などを求めています。このフレームワークに準拠したステーブルコインのみが「MAS規制ステーブルコイン」と表示できる仕組みとなっており、規制による信頼性の差別化が図られています。

民間では、StraitsXが発行するシンガポールドル連動ステーブルコイン「XSGD」が、MASフレームワークに沿った代表的なSGD建てステーブルコインとして広く利用されています。一方、大手銀行の間ではステーブルコインよりもトークン化預金を次世代決済インフラの本命と見る動きが強まっており、その標準化をめぐる議論が活発化しています。MASは、Project Guardianなどを通じて、トークン化預金・CBDC・規制対象ステーブルコインを横断する実証実験を主導しており、ステーブルコインとトークン化預金の双方にわたるデジタル金融インフラの設計において、グローバルな議論を取りまとめる中心的な立場になりつつあります。

シンガポールが際立つのは、規制の厳格さに加えて「国際的な相互運用性」を重視している点です。MASは各国規制当局や金融機関との協調を積極的に進めており、特定の通貨圏に偏ることなく、ドル・ユーロ・円を含む複数通貨のデジタル金融インフラを視野に入れています。この“通貨中立”的なアプローチこそが、グローバル金融ハブとしてのシンガポールの強みを象徴しています。

【ドバイ・UAE】規制を競争優位に変えた都市国家

ドバイとUAEは、世界で最も積極的にステーブルコイン規制を整備してきた地域のひとつです。UAEの中央銀行(CBUAE)の承認を受けたAEコインが2025年初頭に第一アブダビ銀行(FAB)などを含むコンソーシアムによって本格ローンチされ、同国初の規制対象ディルハム連動ステーブルコインが誕生しました。

ドバイの仮想資産規制機構(VARA)のルールブックは2025年6月19日に改訂版が施行され、資本・カストディ・開示に関するより厳格な基準が導入されました。さらに同年8月、VARAとUAE連邦証券商品局(SCA)が相互認証フレームワークを締結し、全7首長国にわたる事実上の単一規制サーフェスが実現しました。

AEコインは国営石油会社ADNOCの980箇所のスタンドで決済に使えるまでに普及しており、2025年にはドバイのオフプラン不動産取引の約3%がすでに暗号資産で決済されています。UAEは「規制の明確さ」を最大の競争優位として、世界中の暗号資産企業や金融機関を引き寄せる戦略を着々と実行しています。

通貨の地政学はどこにいくのか

ステーブルコインを巡る国家間の競争は、表面上は「規制整備」に見えますが、その本質は通貨の地政学です。どの国の通貨が、次世代の決済レールの基軸通貨になるか。米ドル、ユーロ、円、ウォン、ディルハム、あるいはデジタル人民元か。その答えは、10年後の国際金融秩序を形作るでしょう。

ステーブルコインは今や「暗号資産」ではなく「規制された決済手段」として扱われる時代に入りました。ルールを先に作り、自国通貨建てのステーブルコインをグローバルなデジタル決済ネットワークに組み込んだ国が、次の金融覇権を握るでしょう。そのための競争は、すでに始まっています。

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